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一心寺暮色
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 聖徳太子が西暦593年開廟した「四天王寺」、四天王寺を造営するため西暦578年創業された日本一古い会社「金剛組」、そのすぐそばに「一心寺」がある。「四天王寺」に比肩して、大阪の人なら知らない人がいない寺院だ。上町台地の南端に位置し、ここから眺める夕景は大都会と思えないほど寂寥感に満ちている。この寺がなぜ有名なのか。どんな宗派の信者をも受け入れ、古来より行路死亡人(行き倒れ)や身寄りのない人などの永代供養を行っているからだ。事情があってお墓が作れない人たちも含め、合祀しているのである。
境内の一角にある供養堂には、現在7体の阿弥陀如来像が安置され、10年ごとに新しい仏像が新造されると同時に、古い仏像を合体改修して安置することを繰り返している。一番古い阿弥陀如来像は昭和23年以前の仏を慰撫するもの。大阪大空襲でそれ以前のものは焼失してしまった。むろん先祖代々の墓地・墓石もたくさんあるが、この合祀した供養堂を参る人が毎日ひきもきらずに訪れ、線香を焚き、献花し、拝礼していく。本堂では始終経木が打ち鳴らされ、広い境内に清澄な空気が流れている。ところどころの墓石に白札が下げてあり、その札に「この墓に縁のある方は寺務所まで申し出てください」とある。100~200年が経っているものもあれば、昭和年代のものもある。すでに訪れる親族もなくなり、墓石の表面も、茹でたジャガイモの皮が剥けるように剥がれ落ちそうだ。花も水も手向けられることなく、長い歳月をただそこに立ちつづけてきたのであろう。それはすでに墓としての意味を無くし、自然石のように風景に同化していた。
黒く変色した石のむこうに、細い光芒を残して陽が落ちていく。通天閣の灯りもまだ薄く、大きなシルエットが目の前に聳え立つ。少しばかりの風で、色づいた銀杏の葉が乾いた音を立てて落ちてくる。
(和泉次郎)



| 取材現場ウラ話 | 11:50 AM | comments (0) | trackback (0) |










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