オンラインショッピング
カレンダー
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31       
<<前月 2017年12月 次月>>
最新記事
最新コメント
トラックバック
カテゴリー
過去記事
リンク
その他
関西消費者協会
関西消費者協会

今火事です
前回より、(~万一、出火現場でそんな消火器があったら、もうお手上げである)。そう、その万一が起こってしまった。しかも消火器で間に合うような火事ではない。
帰宅途中の電車内、21時15分に家人からメールがはいった。見れば、「今火事です」と、あるのみ。あまりに簡潔すぎる文言は、かなり心配の度が増すものだ。炎のなか、わがホザナ(内緒で飼っている愛犬)の逃げまどう姿が…。「えらいこっちゃー」


 
遠くから聞こえるけたたましいサイレン音。駅前はすでに普段と違う異様な雰囲気。というのも、火事による停電で商店街から大勢の客が、歩道にあふれていたからだ。
駆け急ぐ僕に、顔なじみの飲み屋の店主がいった、「大きな火事ですよ~」。そんなことは百も承知の助さん角さん。今あんたに構っていられる場合じゃないのだよ。
さて、火事見物の人をかき分けかき分け前進すれば、消防車3~4台がわが家を取り囲むような布陣で放水している。家族やご近所さんは近くの公園に全員避難していて、まずは一安心。火元は、わが集合住宅に隣接した町工場であった(写真)。懸命の消火活動によって延焼は免れ、けが人がでなかったのがなにより幸いであった。その後、煙と焦げた匂いが漂うなかで、1時間以上の避難待機と相成った。

この季節、電気、ガス、石油をつかったストーブによる火災事故が多い。年末にかけ、くれぐれも火の不始末や誤使用にはご用心。それから製品事故による出火もあるので、安心しすぎも禁物ですよ。誤使用による火災原因のひとつ、100円ライターも安全基準の規制が来夏からはじまるようだ。
「火のよ~じん」「火のよ~じん」「カーン!カーン!」 (夷三郎)

| 取材現場ウラ話 | 05:30 PM | comments (0) | trackback (0) |
NEWアイコン

 アカデミー賞外国語映画部門で「おくりびと」が、オスカーを獲得した。すばらしい快挙である。この作品についての講評はあらゆるメディアが取り上げていいるので、いまさらここで講釈を述べる必要はあるまい。日本の映画界が活性化し、再び大衆娯楽としての産業が復興すれば、多少なりとも経済効果も期待できるというものだ。

 『消費者情報』3月号はまもなく発刊されるが、特集は「おくりびとの心得」。葬祭特集である。取材活動を昨年末から始め、葬儀業界の動静や、消費者問題としての葬儀を取り上げている。この特集のフロントを飾るのが、「おくりびと」の原作となった「納棺夫日記」の著者・青木新門さんである。数奇で波乱に満ちた人生を歩む中で、生み出された死生観を語っていただいた。2時間半にわたってインタビュー、写真撮影にお付き合いをいただいたが、その話は無尽の泉のように湧き出てきて、興味が尽きることがなかった。せめて記事から、そのエッセンスだけでも嗅ぎ取ってもらえればうれしいかぎりだ。

 映画での舞台は山形県・庄内平野だったが、原作は富山である。立山連峰を背景に、越中弁を駆使した「おくりびと」も見てみたかった。雪の残る富山市内で、垣間見えた立山の鮮やかな稜線を見ながら、ふっとそんな想いが頭をよぎった。
(和泉次郎)

| 取材現場ウラ話 | 12:38 PM | comments (0) | trackback (0) |
NEWアイコン

 歌手・井上陽水の古いヒット曲に「傘がない」というのがある。「都会では自殺する若者が増えている 今朝きた新聞の片隅に書いていた けれども問題は今日の雨 傘がない~」の歌詞は、社会に背を向けた若者が、女の子に会いに行くのに傘がなくて問題だと、個人主義の行き着くところを表現しているようだ。若者のやるせない鬱屈した気持ちを「傘がない」と、ひと言で暴いて見せた陽水の力量はなかなかすごい。

 さて現代の話。「新聞では世界不況で あおりをうけた日本企業が 派遣切りや大量解雇をしていると書いていた けれども問題は今日の飯 金がない~」だ。世界金融不安が日本にも影響を与え、企業は大幅なリストラクチュアを強いられる。その論理は分かっていても、雇用される側は「ハイ、そうですか」と受容できるわけがない。今日の飯、明日の寝場所さえ確保できない者たちにとっては、世界の動向など関係ないのだ。衣食住の人間生活の基本が保証されていないのに、全体社会のことなど考えられる者がどこにいるのか。ぷん

 いまや、あちらこちらで「さむ~い話」が飛び交い、聞いていると首のあたりがスースーしている。さむ~い世の中だ。せめて川柳でも作って、笑いでごまかそう。

  「履歴書の職歴いつしか解雇録」

 カラ元気でもいいから、ぶわっといきましょう、ご同輩!!
(和泉次郎)


| 取材現場ウラ話 | 04:45 PM | comments (0) | trackback (0) |
NEWアイコン

 この8日、越年のための炊き出しが毎年行われる釜ヶ崎へ行った。地下鉄「動物園前」駅を出たあたりから人出が多い。西成警察署の前までくると警察署の建物をぐるりと取り巻くように長蛇の列ができている。列の前方は避難所(シェルター)の入口で、最後方は「あいりんセンター」の建物あたりまで、数百メートルにもおよんでいる。おそらくシェルターの収容能力を超える人数だろう。訪れたのは午前11時。景気のよいときなら、住人の大半は日雇い労働に出ていて、割合に人気のない時間帯のはずだ。通常ならシェルターは比較的不人気で、ドヤに泊まれない人たちがやむを得ず一夜を過ごすと聞いていた。並ぶ時間も午後3時頃からぼつぼつと列ができ、それでも今回ほど長蛇の列にはならないそうだ。

 さて、記者が炊き出し現場の、通称・三角公園に到着したとき、作業は最終準備段階に入っていた。狭い三角公園の片隅にテントが張られ、大釜でなにやら煮られている。食器や残滓処理用のバケツなどがセットされ、ボランティアが大勢準備作業に走り回っている。11時を10分ほど過ぎた頃「いまから配ります」のアナウンスがあり、あらかじめ整理券を受け取っていた者から順に割り箸を受け取り、白いドンブリ状のプラ容器に入った食べ物を受け取る。今回は500人分ほど食事が用意されているという。
 ドンブリを受け取った人は、その瞬間から食べ始める。歩きながら食べる者、少しはなれてしゃがんで食べる者、それぞれだ。次第に食べ物を受け取るカウンターの前が混雑し始める。ボランティアのおっちゃんが、柵の上から声をあげる。「通路をあけてや。食べたら食器を洗って返してや。捨てたり、もって帰ったりしたらあかんで。高いところから見てんのやさかい、全部見えんねんで。ほらそこ、鳩にやったらあかん。ほれ、鳩を追っ払ったらホコリがたつやろ。食事してんねんから」

 メニューを選択することもなく、座る場所もなく、人間らしく食事をする「かたち」も与えられず、ただ今日明日を生き延びるための食事風景が目の前で展開されている。

 この光景がちょうど1時間続き、そして命をつなぐ炊き出しは終わった。

 がらんとした公園の風景を見ながら「この先、社会はどうなるのだろう」とつくづく感じた。わずか数百メートル離れた大阪「ミナミ」の繁華街・難波は、昼食をとったり、買い物をしたりする人たちで混雑している。全く異なる2つの風景が並存する現状を解釈し、理解することは困難だ。生物としての人間と、社会構成要因としての人間。それが矛盾なく成立しなければ社会の歪みはなくなりそうもない。どんなに立派な経済理論を確立しても、財政再建のための政策を展開し行政の建て直しを図っても、永続的に炊き出しの必要性を求める人たちの前では全く無力だ。
 大阪でも、減少傾向に入ったといわれる野宿者の数だが、経済政策破綻の波は、これから否応なく野宿者を増やしていくだろう。『少富多貧社会』が現実化しつつある中で、最底辺に組み込まれた人たちの選択肢はほとんどない。『平成一揆』がなぜ起こらないのか不思議なぐらいだ。
(和泉次郎)



| 取材現場ウラ話 | 05:11 PM | comments (0) | trackback (0) |
一心寺暮色
NEWアイコン

 聖徳太子が西暦593年開廟した「四天王寺」、四天王寺を造営するため西暦578年創業された日本一古い会社「金剛組」、そのすぐそばに「一心寺」がある。「四天王寺」に比肩して、大阪の人なら知らない人がいない寺院だ。上町台地の南端に位置し、ここから眺める夕景は大都会と思えないほど寂寥感に満ちている。この寺がなぜ有名なのか。どんな宗派の信者をも受け入れ、古来より行路死亡人(行き倒れ)や身寄りのない人などの永代供養を行っているからだ。事情があってお墓が作れない人たちも含め、合祀しているのである。
境内の一角にある供養堂には、現在7体の阿弥陀如来像が安置され、10年ごとに新しい仏像が新造されると同時に、古い仏像を合体改修して安置することを繰り返している。一番古い阿弥陀如来像は昭和23年以前の仏を慰撫するもの。大阪大空襲でそれ以前のものは焼失してしまった。むろん先祖代々の墓地・墓石もたくさんあるが、この合祀した供養堂を参る人が毎日ひきもきらずに訪れ、線香を焚き、献花し、拝礼していく。本堂では始終経木が打ち鳴らされ、広い境内に清澄な空気が流れている。ところどころの墓石に白札が下げてあり、その札に「この墓に縁のある方は寺務所まで申し出てください」とある。100~200年が経っているものもあれば、昭和年代のものもある。すでに訪れる親族もなくなり、墓石の表面も、茹でたジャガイモの皮が剥けるように剥がれ落ちそうだ。花も水も手向けられることなく、長い歳月をただそこに立ちつづけてきたのであろう。それはすでに墓としての意味を無くし、自然石のように風景に同化していた。
黒く変色した石のむこうに、細い光芒を残して陽が落ちていく。通天閣の灯りもまだ薄く、大きなシルエットが目の前に聳え立つ。少しばかりの風で、色づいた銀杏の葉が乾いた音を立てて落ちてくる。
(和泉次郎)



| 取材現場ウラ話 | 11:50 AM | comments (0) | trackback (0) |
NEWアイコン

 盛岡市内にある民商を訪ねた。ここには盛岡クレサラ・商工ローン・ヤミ金被害者の会「きつつきの会」の代表Fさんがいる。借金で苦しんだという郷土人・石川啄木の「啄木(きつつき)」から会の名をつけた。平成18年11月の設立である。
 最近、気になることがあるそうだ。何かというと、債務整理をもっぱらに扱う東京の法律事務所の広告がすさまじい、という。チラシのポスティングはもとより、ラジオ、テレビにまでガンガン広告を流している。サラ金発祥の地、大阪では新聞や車内広告はよく眼にするが、さすがにテレビCMは見たことがない。そこで、その東京の法律屋は何をしたか、というと、大型バスをチャーターして岩手県から東京まで「債務整理ツアー」を企画したのだ。バンバン広告費をつかってでも儲かる、うま味のある商売なのだろう。
 Fさんと同席していた事務局のSさんは、すでに50人ほど乗せたバスを見たとのことである。世の中、儲け先行の輩は動きが俊敏なのだ。
 盛岡市だけで6000人、全県で約2万人の多重債務者がいる。ひたすら金儲けに狂走する“信頼と実績の○○法律事務所”のバスにゆられ、帰路、岩手山を遠望する眼に希望の灯りはみえたのだろうか。


| 取材現場ウラ話 | 11:08 AM | comments (0) | trackback (0) |
 ホームレスの自立支援をめざす雑誌『ビッグイシュー』(佐野章二代表)主催で「大阪ホームレス会議」が開催された(11月22日)。支援団体の人たち、学生、野宿者のひと、ビッグイシューの販売員などが、200人以上参加、大いに盛り上がった。マスコミも大勢詰めかけた。記者も同僚の「夷三郎子」も参加したが、かつて経験したことのない混沌とぬくもりのある会議だった。

 販売員の人たちが、現在の生活の悲哀や喜びを語るのだが、はじめ緊張していた語り口が時間を追うごとに熱気を帯び、制限時間をすぎてもまだ思いが余る様子が見て取れた。今でも野宿をしながら自立をめざす人たちの思いを“ナマの声”で聞く機会など、日常の中ではありえまい。多種多様な理由から不幸にもホームレスに“ならざるを得なかった”人たちは、その境遇によっていわれなき偏見と差別にさらされる。わが国の社会制度の中には『再生への扉』が用意されていないか、あっても針の穴よりも小さいのだ。

 また、幼い子供の心臓移植費用を街頭で訴求すると、マスコミも大きく取り上げ、数週間で数千万円が集まる。テレビで有名タレントが100km走れば、老若男女からやはり数千万円のお金が届けられる。しかし、ホームレス支援を訴えても「そんなのあなたたちの自己都合だろう」と、冷淡な反応しか返ってこない。この不可解な落差はなんだろう。

 会議の中盤、ホームレスの人たちと支援スタッフで結成しているOHBB(大阪ホームレスビッグバンド)の演奏が披露された(写真)。歌詞はすべてメンバーの作詞。ホームレスの悲哀と社会への希求を綴った哀歌だ。しかし、いずれの歌も女々しくも、寒々しくもない。弾けているのだ。佐野章二代表から「バンドだけではなく、写真部、パソコン会、歩こう会などの新しい活動も計画中。フットサルでは伊・ミラノの世界大会をめざしている」と、これからの活動方向が示され、ひときわ高い拍手が沸き起こった。

 参加者からも質問・疑問、感想、励ましの声が次々投げかけられ、すべてに答える時間がなくなってしまったほどだ。それでもほんの少しの交流は実現できたと考えられる。明日は何がおきるかわからない社会に生きる我々にとって、ホームレスは極々身近な問題なのだ。「1億総中流」などといった幻想は捨て、すでに「総下流社会」になっている現実を見据えてみよう。自分に何ができるかは、まだ見えてこないけれど……。
(和泉次郎)


| 取材現場ウラ話 | 02:47 PM | comments (0) | trackback (0) |
 「昔ある処に貧しい百姓あり。妻はなくて美しき娘あり。また一匹の馬を養ふ。娘この馬を愛して夜になれば厩舎に行きて寝ね、ついに馬と夫婦になれり。ある夜父はこの事を知りて、その次の日に娘には知らせず、馬を連れ出して桑の木につり下げて殺したり。その夜娘は馬のをらぬより父に尋ねてこの事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死したる馬の首にすがりて泣きゐたりしを、父はこれをにくみて斧をもちて後より馬の首を切り落せしに、たちまち娘はその首に乗りたるまま天に昇り去れり。オシラサマといふはこの時よりなりたる神なり」(遠野物語第69話)
 お父さん、なにもそこまでしなくても、と思うが、娘を思う親の気持ちもわかるな。ひとりぼっちになった貧しい境遇の父さん、祈らずには生きていけなかったんだろう。
伝承園には1000体のオシラサマがまつられていて、災難除け、病気治癒、農業手伝神、お知らせの神、粗末すると咎める神と、さまざまな神格が備わっている。昔の南部地方では、旧正月ごろ家にイタコを呼びオシラ祭文を唱えて、1年の吉凶を占ったそうだ。
 桑の木で彫られたオシラサマ、なんだかあやしいムードがたっぷりだ。しかし、日本人は出自不詳の神々に、なぜか惹かれるんだな。この日もたくさんの拝観者で賑わっていました。

 「お蚕と馬」は、古来より日本の農村をささえてきた。


| 取材現場ウラ話 | 01:00 PM | comments (0) | trackback (0) |
 遠野名物「くれつぼそば」、なにやら源氏物語にでてきそうな名前だな。「くれつぼ」は辛味のある蕪のことと、お店の人が教えてくれた。広辞苑に載っていなかったから、たぶん方言なのだろうか。その蕪をすってのせただけのお蕎麦が、「くれつぼそば」。冷たいのもあるが、外が寒かったので温かいのを注文した。味は見た目と同様にシンプルだ。世辞にもうまい!とはいえないけれど、冷えた体と毎夜の酒でくたびれた胃袋には、ちょうど良い名物であった。

 食事処の近くに「伝承園」なる茅葺き屋根の古民家群があり、この地方の農家がかつて暮らしていた姿を再現している。
入り口に立つと、なんとも魅力的な写真の素材が飛び込んできた。秋空に映える柿と屋根を葺きかえる職人たちの姿である。310円の入園料も払い忘れて、小走りに近づくやいなや脇差し(コンパクトカメラ)をとりだし、パシャリと撮らせてもらった。今回は、なんだかんだと用事がひしめき大きいカメラは置いてきた、カメラ機能の点では頼りないが、そこは腕でカバーする?脇差し一本の三度笠なのだ。

 さて、東北といえば「オシラサマ」。貧しい寒村を舞台に、美しい娘と馬の悲恋物語。これは、第三話へとつづきます。


| 取材現場ウラ話 | 01:54 PM | comments (1) | trackback (0) |
bpダッシュ2度めの秋田出張。業務は「クレ・サラ被害者交流集会in秋田」の取材と雑誌販売。一声は「疲れたあ」。主催された秋田の皆様、長い準備期間を思えば、さぞやご苦労も多かったろうとお察し申し上げます。
 8日(土)午前5時に家を出発、翌9日(日)午後11時帰宅。ホテルと会場と空港だけの”とんぼがえり旅”。それでも秋田空港に着陸する前の数分、機窓からみた紅葉は見事でした。紅葉といっても、秋田の山々のそれは「黄葉」が圧倒的で、楓もみじのはんなりとした紅葉になじんだ記者には、荒々しささえ感じました。
 「黄葉の海へと落ちる羽後の山」
 「にわか冬あつき人らに囲まれて」
(和泉次郎)

| 取材現場ウラ話 | 10:56 AM | comments (0) | trackback (0) |
PAGE TOP ↑

 前の記事>>